ごあいさつ of 山本ごうせい

ごあいさつ

8月30日に行われました衆議院総選挙におきまして、皆さまの思いを民主党に頂き「政権交代」を実現することができました。ここ福岡8区におきましても9年ぶりに民主党の議席を頂くことができました。
これも皆さまの今の政治に対するおもいだと感じております。
96,327人の皆さまの思い「今の政治を変えて欲しい!!」この声をしっかりと受け止め私は皆さまの代弁者として国会に声を届けて参ります。

衆議院議員 山本 剛正

福岡と山本剛正

小生は長崎県・壱岐出身の母から生まれました

母は高校まで壱岐で過ごし、大学進学を機に上京し、東京生まれの父と結婚し小生を生みました。
ですから小生は東京生まれの東京育ちでございますが、母方の親戚縁者はほとんど九州におります。
しかしながら、その親戚縁者もすでに壱岐にはおらず、九州に住む大半が福岡県に住んでおります。

また、小生自身は大学卒業後の7年間、民間企業に勤務しておりましたが、そのすべてを転勤にて九州で過ごしました。
そのうちの3年間は福岡勤務を命ぜられ、福岡市博多区に住んでおりました。
当時にお世話になった方々や、仕事やプライベートを通じてできた友人、知人とは現在でもさまざまな形で交流をしております。
多少ではございますが、小生にとって縁やゆかりのある福岡であり、自身では第2の故郷と思える大好きなところであります。
そんな中、いつしか小生の日本の国を思う強い信念を、福岡の土地で実現したいと思うようになりました。
もちろん、生まれ育ちは福岡ではないので、厳しいことは承知いたしております。

しかし、福岡に住み、その土地の方々にお世話になり、もしかしたら地元の皆様が気付かれていない福岡の魅力を知ることができたかも知れません。
福岡8区ではまさにゼロからのスタートとなりますが、どうか小生の意のあるところをお汲み取り頂き、思いの一端ではございますが、ご理解頂ければ幸いに存じます。

お伝えしたい

政治が決断すれば、社会は変わる

私は福岡市長選挙を始め、北九州市長選挙、福岡知事選挙と選対スタッフとして福岡県中を見て回ってまいりました。

その中で感じたことは、地方が間違いなく元気を取り戻せないでいる、今がまさにその大きな転換期に差し掛かっているということです。
今、政治が決断し手を打たなければ、これ以上先送りしてしまっては、もうどうにもならないところまで来てしまっているのではないかということでございます。
これは福岡だけでなく、どこに行っても同じ状況といわれますが、それを目の当たりにした時の衝撃は今まで味わったことのないものでした。

格差の問題がよく言われていますが、格差とは何なのか。
現在では地域間格差、所得格差、機会格差、医療福祉格差、教育格差、経済格差など、さまざまな格差が叫ばれています。
私はその格差をつくる原因が政治であるならば、そんな政治は許さない。
政治で是正できるものがあるならば、徹底的に是正していきたい。
政治とは国民の生活の土台であり、安心して暮らせる社会をつくることこそが政治に与えられた第一の使命であります。
今までの政治は経済、産業を第一に支え、そこで発生する雇用や所得を確保することにより国民の生活を守ってきました。
日本が毎年同じように成長していくのならそのやり方でもいいのかも知れません。

しかし、高度成長は終焉を迎え、バブル経済は日本の経済の根幹を揺るがし、失われた10年は国民から夢や希望どころか財産や生活まで奪い、福祉や社会保障など生活基盤を大きく崩してしまっています。
一部の企業や業界に政治がてこ入れし、牽引していく現状の政治を選ぶのか、それとも国民の生活そのものに光をあて、地域の生活を支えられる政治を選ぶのか。
現在の社会状況の中で政治の軸足をどちらにするのかを選ぶ時代なのであります。

政治の軸足を現状から変え、この国のすべての人の生活に光をあてる政治に移すために、私はある時は皆様の先頭に立ち、ある時は皆様のしんがりを務めて国民の皆様とともにこの国の政治を変えていきたいのです。
政治が軸足を移さなければいけない時代に、私はこの福岡8区を、その象徴の地を自ら進んで選ばせていただきました。

先の参議院議員選挙で民主党は「国民の生活が第一」をキャッチフレーズに大きな3つの約束を国民の皆様に致しました。

  ○年金通帳により消えない年金とし、国が責任を持って全額支給する。
  ○一人月額2万6千円の子供手当ての支給。
  ○農業の個別所得保障制度の創設。

であります。


私はこのお約束、必ず実現したい。
参議院では、皆様のお力により野党勢力で過半数を頂きましたが、やはり実現には衆議院での過半数が必要です。

そのためにももう一度、民主党に、そしてこの私に皆様のお力をお貸し頂きたいのです。

日本の、そして地域の未来への責任を果たしてまいります。
この日本が、そして皆様の住む地域が、私たちの子供たちや孫たち、その先の世代に自信と責任と誇りを持って譲り渡していけるものに致します。

元内閣総理大臣で、私が政治家を目指すきっかけを下さった心の師、細川護熙氏の、文芸春秋平成4年6月号の「自由社会連合(仮称)結党宣言」で以下のような件があります。

「荒海に漕ぎだしていく小舟の舳先に立ち上がり、難破することをも恐れずに、今や失われかけている理想主義の旗を掲げて、私は敢えて確たる見通しも持ちえないままに船出したいと思う。歴史を振り返ってみれば、理想のための船出というものは、いつもそういうものだった。」


理想論というものが時には人を酔わせ、時には青臭いものであるということは十分に理解しています。しかし政治が理想を求めず、打算ばかりに動いてしまったら、国の未来に何を託せるというのでしょうか。
私も「行動する実践的理想主義」の旗を掲げて、確たる見通しもないままに政治家になることにチャレンジし、この国を創っていきたいと強く思っています。

また、地方主権社会を確立し、「国民が暮らしたくなる日本」「みんなが暮らしたくなる地域社会」を構築できた時、私は国会議員の役割は大きく変わらなければならないと考えています。それはまず、地方に権限と財源が委譲される訳ですから議員の数は大幅に減らさなければなりません。
そして、外交や安全保障政策などを通じて国際社会の中で「日本」という国の存在意義を明確に示していくのが政府や国会議員の大きな役割となります。
地域のためだけに働く国会議員ではなく、国家のため、国際社会のために働く国会議員を目指して参りたいと考えています。

その私の行動理念は

  • 国民に分かりやすい言葉で説明し、理解を求め、
  • その中身は限りなく具体的かつ進歩的に、
  • 政治を志す自分が主体となって考え、行動する。

ことであります。

「政治が決断すれば、社会は変わる」
政治の役割を認識し、日本の明るい未来を創るために政治家を志します。

政治へ思い

人のためにできること

底抜けに元気で、明朗、闊達な少年時代。
体を動かすことが大好きで、日が暮れても外で遊んでいるような子供でした。小学校時代はリトルリーグで、中学校時代はシニアリーグで野球をし、それぞれ主将を務めました。
高校時代からは、やりたかったラグビーに熱中。そこでも主将を務めました。常にリーダーとして、チームのため、部員のためを考える生活は大変なときもありましたが、とにかく自分から行動を起こすという精神が培われました。

大学生時代には自転車で北海道を、ほぼ一周したこともあります。その時は人生の中でも非常に考えさせられました。平坦な道というのは実は少なく、多少のアップダウンがあります。これは人生そのものだなと思いました。その道をある時は軽快に、またある時は歯を食いしばって漕ぎましたが、途中途中必ず知らない誰かが励ましてくれました。
また、行く所行く所で数多くの人達の温かさにも触れました。「思いやり」を持って生きていくことの大切さ、すばらしさを知ったのと同時に、「人間は一人では生きて行けない。だから常に感謝の気持ちを忘れてはならない。」ということを改めて認識致しました。

また同じ学生時代、日本新党本部の学生スタッフとして活動していた頃、「責任ある変革」を掲げて「政治が決断すれば社会は変わる」ということを痛感しました。その時から「自分もいずれ政治家となり、この国の、そして世界の明るい未来を創りたい」と考えるようになりました。当時目指したこの国の改革は、未だ途上の段階にあり、完成には程遠い気がします。
政治に目覚めたときの原点を忘れず、国民のための政治と平和な国際社会の確立を目指し、現在とこれから生まれてくる世代のために「誇り高き日本」を創りたいと願っています。

また、現在の自分があるのはすべて、今まで私に関わって下さった人たちのおかげであると感謝しています。
「人のためにできること」と考えたとき、政治の持つ役割は非常に重要です。
感謝の気持ちを自らの政治活動に込めて、日本の国民はもとより、世界中のすべての人々が笑顔で暮らせるような社会を築くために、私は政治家を目指し活動して参ります。

経 歴

山本 剛正  (やまもと ごうせい)

  • 昭和47年1月1日生まれ (36歳)
  • 駒澤大学経営学部経営学科卒
  • 学生時代 日本新党本部で学生スタッフとして主に選挙、街宣活動を担当
  • 日本新党解党後、衆議院議員 中村時広(現 松山市長)事務所に勤務 
  • 平成8年 伊藤忠燃料株式会社(現 伊藤忠エネクス株式会社)に入社しLPG部門の卸業を担当
  • 平成15年より 衆議院議員 樽床伸二 秘書
  • 平成17年10月 樽床事務所を退所
  • 平成19年 2月 参議院議員 大久保勉 秘書


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